セッション基本情報
- 登壇者:伊藤由貴氏(株式会社カカクコム QAスペシャリスト)
末村拓也氏(Autify, inc. Quality Evangelist) - 登壇日:2025年04月09日(水) 「-求められるQAエンジニアとは- いとうよしきさん、tsuemuraさんに聞く キャリアの歩み方」(Findyイベント)
- スライド参照:伊藤さん(Dockswell) 末村さん(SpeakerDeck)
AIをはじめとする技術の進化は加速度的に進み、ソフトウェア開発の現場では「品質」への意識がこれまで以上に高まっています。
品質管理を担うQA(Quality Assurance)エンジニアの役割も多様化・拡大の一途をたどっていますが、一方で「一人目QA」を模索する企業も多く、現場の成熟度にはまだまだばらつきがあるのが実情です。
キャリアの背景もスキルセットも異なるQAエンジニアたちがどう成長し、どのように組織から必要とされる存在になっていくのか──。この問いに向き合ったのが、QAとして現場を牽引し続ける伊藤由貴さんと、異色のキャリアを歩みながら品質の価値を伝え続ける末村拓也さんです。
本記事では、お二人が登壇したFindyのカンファレンスセッションをもとに、それぞれの発表内容と、トークセッションで語られた「求められるQAエンジニア像」についてまとめます。
やりたいことがなくても、不安と迷いがあっても大丈夫|伊藤さんの発表
伊藤由貴さん(カカクコム)は、第三者検証会社に新卒で入社し、キャリア初期からテスト自動化に携わってきました。テスト設計の経験がないまま自動化業務に就いたことで、「周囲と違う道を進んでいる」という不安を抱き、自分の立ち位置に悩んだ時期も長かったといいます。
特にキャリアの初期には、自分と他人を比較して落ち込むことも多く、「やりたいことがない自分」に対する不安が常に付きまとっていたそうです。
「やりたいことを掲げるのは難しいし、かといって人と比べることを完全にやめるのも難しい。でも、そこから生まれる不安や迷いに対しては、うまく折り合いをつけていくしかないと思うんです」
そう語る伊藤さんが見出したのが、「希少性」という考え方です。
他人と比較して落ち込むのではなく、「周囲と違う」こと自体を強みに変えて、自分にしかできない立ち位置=ポジションを築く。それが結果的に「組織にとって必要な存在」として価値を発揮することにつながる、というのが伊藤さんの考えです。

たとえば、周囲にテスト自動化のスキルを持つ人が少ない場合、自分がその分野を担えばいい。そうした「希少性のあるポジショニング」によって、自分の存在意義を見出すことができるといいます。
また伊藤さんは、「ポジションは必ず消える」という前提にも触れました。一度得た希少性も、技術の進歩や周囲の成長によって簡単に失われてしまうからです。だからこそ、「突き抜ける」「場を変える」「発揮する希少性の中身を変える」といった柔軟な対応が必要になると語りました。
こうした状況に対して、伊藤さんが提唱したのが「自己コモディティ化」という逆転のアプローチです。
つまり、「自分の得意なことや希少性を守り抜こうとするのではなく、それを他人にどんどん教え、共有し、周囲の人も同じことができるようにする。自らポジションを手放し、新たな役割や価値を探していく」という考え方です。
この過程で身につくのが、「伝える力」や「広げる力」といったメタスキルです。これは、担当業務や技術領域が変わっても活かすことができる、キャリアを支える土台となります。
伊藤さん自身、かつては自動化エバンジェリストとしてQAメンバーに技術を伝えてきましたが、現在は開発者に対してテストや品質の視点を共有する役割へと広がりを見せています。やりたいことが明確でなくても、「誰かの役に立つこと」に目を向け、自分なりのポジションを築いていけば、キャリアは自然と形作られていく――これが、伊藤さんからのメッセージと言えるでしょう。
最後に伊藤さんは、「不安や迷いがあるのは当然のことですが、それでもキャリアを進めなければならない。ではどうするかといえば、ポジショニングをしつつ、ポジションが無くなったときのために、どう動いていくべきかを常に考えながら動いていきましょう」と呼びかけ、発表を締めくくりました。
参考:「求められるQAエンジニア」とは ‐ いとうよしきさん、tsuemuraさんに聞くキャリアの歩み方 で発表しました|テストウフ(伊藤さんブログ)
「軸足」を起点に、キャリアをピボットし続けよう|末村さんの発表
末村拓也さん(Autify)は、「軸足」というキーワードを軸に、自身のキャリアをどう築いてきたかを語りました。「軸足」とは、自分を説明するためのコアであり、キャリアにおける方向転換の支点になるものです。
末村さんのキャリアは少しユニークです。大学卒業後に文房具の卸倉庫に就職し、現場作業に従事するところからスタートしました。激務で将来性に不安を感じた末村さんは、「物流が好き」という軸を明確にし、ITコンサル企業へ転職。その後も「物流×IT」というキーワードをもとに、自身の経験とスキルをかけ合わせて、社内SEや開発職、そしてQAエンジニアへとキャリアを広げていきました。
印象的なのは、初めての転職活動で経験した苦い失敗です。エクセルやVBAなどのスキルばかりをアピールしていた当時は、なかなか内定が出なかったといいます。その経験から、「何ができるか」ではなく、「なぜそれをやってきたのか」「どんな価値観を持っているのか」を語れることの大切さに気づいたといいます。
そこで末村さんは、「物流が好き」という明確な想いを軸にした自己紹介へ切り替えました。その結果、物流業界の知見とITスキルを活かせる企業へ無事転職が決まり、大きな成功体験となったといいます。
こうして得た軸足をもとに、末村さんはキャリアを少しずつピボットさせていきます。新しい業務を任される中でスキルが増えると、それに合わせて軸足も更新。「物流が好き」という軸はやがて「仕組みづくりが好き」へと進化し、さらに現在は「レバレッジ(他者の成果を引き上げる力)」という概念にたどり着きました。
この「レバレッジ」という軸足のもと、末村さんはAutifyでエバンジェリストという役割を新たに立ち上げ、社内外に品質の価値を伝える活動に取り組んでいます。技術的な専門性はもちろん、講演や執筆、パブリックスピーキングといった「伝える力」を発揮する場面も増え、自身のキャリアの幅が大きく広がったといいます。

末村さんが一貫して語っていたのは、「スキルや職種に縛られすぎず、自分の軸足に沿ってニーズに向けて柔軟に向きを変える」ことの重要性です。スキルを増やすだけでなく、それらを一貫性のあるストーリーでつなげられるようにすること。そして、その軸足は自分の価値観や情熱に根ざしている必要がある、と強調しました。
やりたいことが定まっていなくても、キャリアを積む中で「自分にとっての軸足」は少しずつ見えてきます。末村さんは、「できることが増えたら、軸足を置き直す。そしてその軸を起点に、常に世の中のニーズへピボットし続ける。それが“頼られるエンジニア”であり、“求められるQAエンジニア”の姿ではないでしょうか」と力強く語り、発表を締めくくりました。
組織に求められるQAエンジニアの在り方とは
セッション後半のトークパートでは、「求められるQAエンジニアとはどのような存在か?」というテーマを軸に、現場でのリアルな実感や考え方が語られました。
伊藤さんが強調したのは、「ソフトスキル」の重要性です。QAは単にバグを指摘する立場ではなく、開発者と信頼関係を築きながら、品質をチーム全体で高めていく存在であるべきだという立場から、例えばバグ報告をする際には、伝えるタイミングや表現に配慮することで、より建設的なやりとりが可能になるといいます。
末村さんも、QAの本質は「次の人が使いやすい情報をどう届けるか」にあるとし、再現手順や状況の背景など、相手がアクションしやすいように情報を整理する力が問われると語ります。ハードスキルだけで成果を出すことは難しく、周囲の動きを意識したコミュニケーション力が、信頼されるQAの土台になるという視点です。
普段の学習スタイルについては、情報のインプット源としてX(旧Twitter)を活用し、タイムラインを有益な情報で“鍛え上げる”といった工夫や、日々の業務メモをこまめに残して振り返る習慣も紹介されました。特に、何気ない気づきや改善点の記録が、後の学びや価値につながるという意識が共通して見られました。
「完璧なQA像」は存在しないものの、共通して見えてきたのは、技術だけに偏らず、チームに価値を届ける姿勢を持ち続けること。そして、変化の中でも自分なりの軸を柔軟に調整しながら、求められる場所で貢献し続ける意志こそが、信頼されるQAエンジニア像だということでした。
セッションを通じて印象的だったのは、華々しい成果や派手なスキルよりも、「自分の立ち位置をどう築くか」「周囲とどう関わるか」といった視点が、求められるQAエンジニア像の核心にあるということでした。キャリアに不安があっても、やりたいことが曖昧でも大丈夫。大切なのは、自分の特性や経験を活かせる場を見極め、柔軟に歩みを進めていく姿勢なのです。
技術も働き方も大きく変わっていく今だからこそ、自分なりの軸を持ちながら、チームや組織の中で価値を発揮できるQAエンジニアを目指していきたい──そんな前向きな気づきをもらえるセッションでした。